








木造 弘法大師坐像 身丈2寸
弘法大師 誕生1250年記念像
仏師の情熱と匠の技が結実し、弘法大師1250年の歴史を刻む気高き姿がここに顕現します。ヒノキの清らかな香りが、心を穏やかに包み込みます。
祈りを捧げる弘法大師像
空間に和をもたらす仏像
日常の中に溶け込む、穏やかな存在感。暮らしの傍らに置くだけで、深い瞑想へ誘う静かな時間が流れます。
心安らぐ空海の坐像
手のひらサイズの弘法大師
身丈約9.5cmに凝縮された、驚きの写実性。細部まで命が宿るかのような、精巧を極めた木彫仏像です。
精緻を極めた坐像
弘法大師像 誕生1250年記念プロジェクト
令和5(2023)年は、真言密教の宗祖 弘法大師(空海)の誕生から1250年目の節目の年です。この歴史的慶事に向け仏像ワールドでは、弘法大師像の新造形開発に取り組みました。
世に伝わる様々な御影や文献を調査研究し、真言宗派僧侶のご意見もうかがい、およそ3年の歳月を経て完成した造形は、唐で師 恵果阿闍梨より真言密教第八祖の灌頂を受け、その教えを日本に広めようとする確固不動のお姿です。
仏師 藤田燿憶氏が彫刻した原型像は、布教への強い決意を宿した眼、みなぎる精気を感じさせ、彩色師 篁千礼氏が当時を思い着彩表現することで、驚きの写実性を生み出しました。
3D技術で再現された仏像
完成した原型をもとに製品化するにあたり、仏像ワールドでは高精度3Dスキャニングでデータを取得。それをもとに高い技術を誇る木彫工房で彫り上げた後、姉妹ブランド「イスム」の工房で手彩色を施すことで崇高な弘法大師像となります。品格溢れる美術品として、また場所を選ばない手のひらサイズですのでお仏壇用としてもぜひご利用ください。
およそ10cmの手のひらサイズながら原型を損なうことなく再現した御尊顔と造型バランス。彩色も衣から表情に至るまで妥協することなく彩色師の世界観を表現しています。
弘法大師が持つ法具にも精巧な意味が込められています。
- 五鈷杵: 密教の法具。五仏(大日如来、阿閦如来、宝生如来、阿弥陀如来、不空成就如来)の智慧(法界体性智、大円鏡智、平等性智、妙観察智、成所作智)を表します。
- 水瓶: 密教の正統後継者を象徴する水瓶。中の水を一滴もこぼさず他の瓶へ移すように、師から弟子へ漏れなく密教を伝える「写瓶相承(しゃびょうそうしょう)」を意味します。
商品の基本情報
- 商品コード: 560-27
- ポイント: 990
サイズ詳細
- 本体: 高さ95×幅105×奥行80mm / 重量46g
- ケース: 高さ187×幅144×奥行114mm / 重量457g
素材・材質
- 素材: ヒノキ
原型制作・彩色監修
本製品は、仏像界の第一人者である両氏の技術と情熱により生み出されました。
原型制作:仏師 藤田燿憶(ふじたようおく)
- 1955年 栃木県生まれ
- 1970年 仏師・渡邉貞光氏に弟子入りし、5年間の修行を積む
- 1975年 独立
- 2012年 「日本画府第59回公募展」初入選 (奨励賞、入選)
- 現在、仏像彫刻講座開講、有名百貨店での個展開催など精力的に活動
彩色監修:彩色師 篁千礼(たかむらちひろ)
女子美術大学、太平洋美術研究所に在籍後、1987年彩色木彫作家 平野富山氏に入門。その後、富山の後継者である平野千里氏のもとで20数年にわたり修行を積む。2012年に独立し篁千礼彩色研究所を設立。誰もが親しみやすい温かみのある作品から芸術性の高いものまで幅広い創作活動を行う。
弘法大師 空海の生涯と真言密教
本像は、真言宗の宗祖である弘法大師 空海の偉大な生涯と功績を深く理解するための助けとなるでしょう。
空と海の美しさから授かった「空海」の名!
青年時代、土佐国(現在の高知県)の室戸岬にある御厨人窟(みくろど)で修業に励んでいた弘法大師。その時、仏と一体になったかのような不思議な体験をし、そこから見た空と海の美しさに感銘を受け、幼名「真魚」から「空海」へと名を改め生涯を仏門に捧げる決意をしました。
齢7歳での「捨身誓願」をはじめ、その生涯は数々の伝説に彩られています。中でも際立った偉業は、わずか3カ月という異例の早さで真言密教の伝法阿闍梨の灌頂を受けたことではないでしょうか。
大日経との出会いが切り拓いた真言密教への道!
仏教の深奥を求めおびただしい数の経文を読破するも納得のいくものが得られなかった空海は、仏前で「まことの智慧を授けたまえ」と一心に祈ると「汝の求めるものは大日経といい、大和国の久米寺の東塔の下にそれはある」とのお告げを受けます。この大日経との出会いによって様々な疑問への答えを得たものの、仏と交感し、それにより御利益を引き出すためには然るべき師の下で体認し実際に伝授される以外に術はないと悟ります。それが遣唐使の一人として唐へ渡る決意を固めるきっかけだったのです。
入唐、恵果阿闍梨との邂逅、そして真言密教の第八祖へ!
延暦23(804)年、その思いは実現し遣唐使船に乗り唐へと向かいますが、嵐に直撃され1カ月以上も海上を彷徨います。目指す蘇州からはほど遠い僻地に到着したことで怪しまれますが、空海の書いた嘆願書の名文、名筆によってようやく使節団として認められます。翌年5月、真言密教の第七祖 青龍寺の恵果和尚との対面を果たすと、和尚は空海を見るなり「我、さきより汝のくるのを知り、待つこと久し」と述べ、空海を弟子と認めます。続く6月に胎蔵界の灌頂、7月に金剛界の灌頂、そして8月には伝法阿闍梨の灌頂を受けたことで大日如来を意味する「遍照金剛(へんじょうこんごう)」名を与えられ密教の第八祖となります。恵果は「真言密教の教法は、すべて授けた。一刻も早く日本に戻り、この教えによって人々を幸せにして欲しい」と空海に告げた後、同年12月15日に世を去りました。
弘法大師 空海
宝亀5(774)年6月15日~承和2(835)年3月21日
- 日本の真言宗の宗祖。諡号は弘法大師(こうぼうだいし)。
- 能書家として嵯峨天皇、橘逸勢と共に三筆のひとりに数えられる。
- 讃岐の国(現在の香川県善通寺市)に生まれ、俗名は佐伯 眞魚(さえきのまお)。
- 延暦23(804)年、日本天台宗の開祖最澄とともに遣唐使船に乗り唐へ渡る。
- 延暦24(804)年青龍寺(長安)の恵果阿闍梨のもとで密教の奥義を伝授され、遍照金剛(へんじょうこんごう)の灌頂名を授かる。
- 大同元(806)年帰国。
- 弘仁6(815)年、四国八十八ヶ所霊場を開創。
- 弘仁7(816)年修禅の道場として高野山の下賜の勅許を賜り、真言密教の根本道場として後進の育成に努める。
- 弘仁14(823)年正月、太政官符により東寺を賜り、真言密教の道場とする。
- 承和2(835)年、御入定(永遠の瞑想)。
- 現在も弘法大師が入定された高野山奥之院では毎日食事を届ける「生身供(しょうじんぐ)」が行われる。
- 「弘法大師」は御入定後、醍醐天皇より下賜された諡号(しごう)。
お届けについて
- 本体のみ: 3日~5日でお届け
- アクリルケースセット: およそ3週間でお届け
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